pUASTB Cas9発現ベクター (UAS-Hsp70 プロモーター)

pUASTB Cas9発現ベクター(Hsp70プロモーター)の概要

当社のpUASTB Cas9発現ベクターは、Cas9遺伝子をゲノムに挿入するためにpUASTのようなショウジョウバエP因子・トランスポゾンシステム、またはpUASTattBのようなバクテリオファージφC31挿入システムのどちらかを選択・利用できるようにデザインされています。この柔軟性を促進するために、Cas9遺伝子は2つのP因子末端リピート(terminal repeats)で括られた領域かつattBサイトの近傍にクローニングしています。また、このシステムはCas9タンパク質発現を制御するため、強力なGal4誘導性プロモーターを搭載しています。

CRISPR(clustered regularly interspaced short palindromic repeats)/Cas9システムは、様々な生物において、in vitroおよびin vivoでの遺伝子の不活性化を大幅に促進してきました。このゲノム編集システムでは、Cas9酵素はガイドRNA(gRNA)と複合体を形成し、ゲノム中の18-22ntの相同な標的配列と直接相互作用することで標的特異性をもたらします。gRNAの標的部位へのハイブリダイゼーションによってCas9が特定の位置に誘導され、ゲノム中の標的部位を切断します。Cas9はゲノムをスクリーニングし、gRNAに相補的な配列(プロトスペーサー隣接モチーフ(PAM) NGGが直後に続く場合)を切断します。二重鎖切断はその後、相同組換えまたは非相同末端結合によって修復され、その結果、様々な長さのインデル(ゲノム中への塩基の挿入または欠失)が生じます。オールインワン・ベクター(Cas9とgRNAの両方を発現する単一ベクター)、またはCas9とgRNAの発現をそれぞれ駆動するためのベクターをそれぞれ導入するだけで、ショウジョウバエでCRISPR/Cas9システムを利用することができ、ノックアウト系統を短時間で作製することができます。

Pトランスポゾンを介した挿入を利用するには、pUASTBプラスミドとPトランスポザーゼ発現ヘルパープラスミドを宿主細胞または胚に共導入します。その結果、ヘルパープラスミドから産生されたトランスポゼースがpUASTBプラスミド上の2つのPエレメント末端リピートを認識し、末端リピートを含むフランク領域を宿主ゲノムに挿入します。Pトランスポゼースを介した挿入は、挿入部位の配列に大きな影響を受けることなく起こります。

φC31インテグラーゼを介した挿入を利用するには、pUASTBプラスミドとφC31インテグラーゼ発現ヘルパープラスミドを、attPランディングサイトを含む宿主細胞または胚に共導入します。φC31インテグラーゼはattB部位とattP部位間の不可逆的組換えを仲介し、pUASTBベクターの直鎖化と宿主ゲノムへの挿入を引き起こします。

バクテリオファージφC31は、ファージの付着部位(attPと呼ばれる)と細菌の付着部位(attBと呼ばれる)の間の効率的な配列特異的組換えを仲介するインテグラーゼをコードしています。P-因子を介する転移のようなトランスポゾン系とは対照的に、φC31を介する挿入は不可逆的です。attBがattPの位置に挿入されると、ハイブリッド部位(attLおよびattRと呼ばれる)が形成されるが、これらはφC31インテグラーゼによって認識されなくなります。さらに、φC31に基づく挿入は通常はattP部位のみに限定される部位特異的であり、ゲノムの他の部位では起こりません。このため、attBベクターシステムは、ゲノム内にattP "着地点(ランディングサイト) "をゲノム中に持つショウジョウバエ系統で使用するように設計されています。

このpUASTBシステムでは、Cas9遺伝子はGAL4結合サイトが5つ直列に並んだ5xUASとhsp70 TATAボックスプロモーターをつなげた誘導型プロモーター(5×UAS/ Hsp70)の下流にクローニングされます。このGAL4/UASシステムはGAL4に依存した発現誘導ができるように設計されています。GAL4タンパク質はCas9の上流にあるUASに結合して転写を活性化します。したがって、GAL4非存在下では下流の遺伝子は転写されませんが、GAL4を発現しているショウジョウバエ株との交配よって転写は活性化されます。GAL4結合サイトは熱ショックタンパク質のhsp70 TATAボックスプロモーターに融合されています。37℃で培養することでプロモーターが活性化され、Cas9の発現が誘導されます。

また、pUASTBベクター上のミニホワイト遺伝子は目の色をコードし、導入遺伝子の組換えに成功したトランスジェニックハエを同定するためのマーカーとして使われます。PCRやその他の分子生物学的手法も、トランスジェニック細胞や動物の同定に用いることができます。

ベクターシステムの詳細については、下記の文献をご参照ください。

文献 トピック
Methods Mol Biol. 420:61 (2008) The use of P element transposons to generate transgenic flies
Proc Natl Acad Sci U S A. 104:3312-7 (2007) Generation of φC31-based transgenic Drosophila
Science. 339:819-23 (2013) Description of genome editing using the CRISPR/Cas9 system
Methods Mol Biol. 2540:135-156 (2022) CRISPR-mediated genome editing in Drosophila

pUASTB Cas9発現ベクター(Hsp70プロモーター)の特長

当社のpUASTB Cas9発現ベクターは、効率的なPトランスポゼース媒介またはφC31インテグラーゼ媒介のCas9遺伝子挿入を達成できるように設計されており、Gal-4依存性で選択的にCas9発現を誘導することができます。当社のベクターはE.coliでの高コピー数複製とトランスジェニックハエの高効率な作製ができるように最適化されています。

pUASTB Cas9発現ベクター(Hsp70プロモーター)のメリット

高い発現量: 5×UAS/mini_Hsp70プロモーターは誘導された状況で、非常に強く目的遺伝子の発現を駆動します。

発現誘導が可能: 導入された遺伝子はGal4非存在下ではほとんど発現しませんが、Gal4が存在下では高レベルで発現します。

φC31インテグラーゼを使用した場合は高効率:φC31インテグラーゼをもちいた生殖細胞への遺伝子導入はP因子トランスポゾンを利用したpUASTシステムよりも高効率です。

pUASTB Cas9発現ベクター(Hsp70プロモーター)のデメリット

Pトランスポゼースを使用した場合にゲノムにランダムに挿入される: P-因子のランダムな挿入は、挿入部位のマッピングを困難にし、ゲノム上の位置が導入遺伝子の発現に影響を与える可能性があります。さらに、導入遺伝子がゲノム内の遺伝子や調節エレメントに挿入されると、内在性遺伝子に影響を与える可能性があります。

Pトランスポゼースを使用した場合の効率は中程度: P因子ベクターを用いた生殖細胞系列への導入は、pUASTattBのようなφC31インテグラーゼを介したシステムよりも一般的に効率が低いです。

φC31インテグラーゼを使用する場合はattP挿入部位が必要: pUASTattBベクターシステムを用いたトランスジェニックハエの作製には、あらかじめattPサイト(ランディングサイト)がゲノムに導入された特別な宿主株が必要です。

発現“漏れ“の可能性: Gal4非存在下でも目的の遺伝子が低いレベルで発現することがあります。

技術的な煩雑さ: トランスジェニックハエの作製は胚へのインジェクションやハエの飼育・交配など、高い技術が要求されます。

pUASTB Cas9発現ベクター(Hsp70プロモーター)の基本コンポーネント

P-element 3’ end: P因子の右側TR(terminal repeat)もしくは3’TR。DNA配列がP因子5‘TRと3‘TRで挟まれている場合、Pトランスポゼースは両TRに挟まれている領域を宿主ゲノムに挿入する。

5×UAS/mini_Hsp70: ショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)の熱ショックタンパク質Hsp70の最小プロモーターを5×UASに連結したプロモーター。Gal4によって強力に活性化される。

Kozak:  Kozak配列。真核生物での翻訳開始を促進すると考えられているためORFの開始コドンの前に配置される。

Cas9: Cas9ヌクレアーゼ(CRISPR-associated endonuclease)、gRNAによって局在した個所でDNAを切断する。

SV40 terminator: SV40(Simian virus 40)のポリアデニレーションシグナル。上流ORFの転写停止を助ける。

attB site: バクテリオファージφC31インテグラーゼによって認識されるattBサイト。φC31インテグラーゼは宿主ゲノムにあらかじめ導入されているattPサイト特異的にattBを含むプラスミドを挿入する。

mini-white: ショウジョウバエのwhite遺伝子の派生型。ミニホワイト遺伝子は成体ショウジョウバエの目の色に関する優性マーカーであり、white遺伝子変異体をバックグラウンドとした遺伝子導入の成否の判断に使用する。

P-element 5’ end:  P因子の左側TR(terminal repeat)もしくは5’TR。DNA配列がP因子5‘TRと3‘TRで挟まれている場合、Pトランスポゼースは両TRに挟まれている領域を宿主ゲノムに挿入する。

pUC ori: pUC複製起点。E.coliでプラスミドを高コピーで維持する。

Ampicillin: アンピシリン耐性遺伝子。 E.coliへのアンピシリン耐性によるプラスミドの維持を可能にする。

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